2023/06/13 22:39
みなさんは、Cider(サイダー)と聞いて、何をイメージされますか?多くの方は、国民的飲料となったレモン風味の炭酸飲料を想像するのではないでしょうか。では、シードルと聞くとどうでしょうか。私もシードル造りに関わり始めた2005年までは、シードルのことは全く知りませんでした。偶然、実家のリンゴ農園でシードルを作ることになり、それがきっかけでシードルのことをもっと知りたいと思いましたが、その当時はインターネットにも、書店にもほとんど情報がありませんでした。当時、大手ではニッカシードルが売られていたこと、長野県のいくつかのワイナリーではシードルを作っていたこと、フランス産のシードルは輸入されており、ガレットと一緒に頂けるお店が東京などにあるということくらいでした。フランス産のシードルは、ときどき酒販店で買うことができますが、日本の甘くてデザートのようなリンゴを食べて育った私には、当時はクセや渋みがあるフランス産シードルの魅力がわかることもなく、日本のシードルの方が美味しいと感じていました。しかし、本当のサイダー、シードルの世界は、多くの日本人がイメージしているもの大きく異なります。そこでまずはシードルの基礎知識からご紹介したいと思います。
シードルと呼ぶためには、いくつかの条件があります。最も重要なことは、りんごの果汁から造られた醸造酒であるということです。りんご以外の果物や原料のみで造ったお酒をシードルと称しているケースも国内で見受けられますが、これらはシードルではありません。りんごの使用率については、国毎に定義や法律が異なっており、一部の国で造られるナショナルブランドの量産品では、加水、加糖、補酸などが行われ工業製品化しているものも存在しています。海外のシードルには、フレッシュな果汁を使用していることをアピールするブランドもありますが、これはナショナルブランドとの差別化をうたっています。原材料が気になる方は、購入する際にお酒の裏ラベルを確認してみてください。
次に味わいですが、シードルはスパークリングワインと同じように甘口から辛口まであり、発酵させる期間が短ければ果汁内の糖が残っているため甘口となり、発酵期間が長いほど、糖は酵母によりアルコールと炭酸に換えられて辛口になります。フランスではDouxドゥ(甘口)、Demi-secドゥミセック(中辛口)、Brutブリュット(辛口)などがあり、イギリスでは、Sweetスイート(甘口)、Mediumミディアム(中口)、Dryドライ(辛口)と表記しています。
シードルの味わいで重要なのは「甘味」「酸味」「渋味」となります。これらは原料に使用するリンゴの品種が大きく関係しており、大きく分けると4つに分類されます。甘いリンゴは、スイート品種と呼ばれ、日本ではふじや紅玉などが該当します。酸っぱいリンゴはシャープ品種と呼ばれ、グラニースミスやブラムリーなどクッキングアップルが該当します。そして、甘くて渋いリンゴはビタースイート品種、酸っぱくて渋いリンゴはビターシャープ品種と呼ばれ、現在日本では商用としては品種がほぼ存在せず栽培が困難なシードル用品種になります。それらのリンゴにはタンニンが多く含まれており強い渋味を感じることができます。
バーカーのサイダーリンゴの分類(LARS 1903) | ||
分類 | 酸(%) | タンニン(%) |
スイート | < 0.45 | < 0.2 |
シャープ | > 0.45 | < 0.2 |
ビタースイート | < 0.45 | > 0.2 |
ビターシャープ | > 0.45 | > 0.2 |
出典:The Wittenham Hill Cider Portal
日本では、生食用として糖度重視の甘いリンゴの栽培に力を入れてきました。そのため、特にビター系品種が少なく、海外から見た日本のシードルの評価を下げていると言われています。この課題を解決するために、シードル用品種の苗木等を輸入も考えられますが、北アメリカ、ヨーロッパなどで発生している火傷病菌の国内侵入を防ぐため、植物検疫の全量検査を通すことは難しくなっています。
次に、シードルのアルコール度数ですが、基本的にアルコール度数は低めで、甘口では2、3パーセント、辛口では7パーセント前後です。アルコールに弱い人なら、アルコール度数2%~3%の飲みやすい甘口シードル、アルコールは平気という人や料理と合わせたいときは、アルコール度数4%~8%の芳醇な中口やスッキリした辛口シードルを選ぶ傾向にあります。また、中にはよりお酒感を出すために、10パーセントを超えるアルコール度数のシードルもありますが、少数派です。国産にはまだまだ少ないですが、フランスではノンアルコール・シードルも作られています。
シードルの特徴の一つである発泡性は、その生産国によっても違いが見られます。日本ではシードルは泡があるイメージが強く、りんごワインとシードルは別物のように扱われていますが、海外では必ずしも発泡性があるわけではありません。例えば、イギリスでは、発泡性と非発泡性の割合は半々とも言われており、無発泡の場合はStill Ciderと表記されていたりします。スペイン産のNatural Sidraは超微炭酸で泡は高い位置から注ぐことで生まれます。
シードルの中には、リンゴだけでなく、他の果実や素材を使うフレーヴァー・シードルもあります。りんごのシードルと並んで造られる果実酒が洋梨のポワレです。ポワールと呼ぶこともあります。イギリスでは伝統的にはペリー、近年イギリスや他の英国圏ではペアサイダーと呼ばれています。他にも、ジンジャーやベリー系フレーヴァーのシードルが日本にも輸入が多くされており、他にも栗、オレンジピール、アプリコット、ホップなど、その国や地域の特産と組み合わされているものもあります。
日本国内において果実酒製造免許でシードルを造る場合は、果実のみしか使えないため、海外のように果実以外の原料を使ったシードルの醸造にはカーボネーション設備を導入するか甘味果実酒や発泡酒製造免許を取得する必要がありますが、シードル産地で作られている他の特産果実を使ったフレーヴァー・シードルも、今後増えてくるでしょう。